2026.07.20
- 糸リフト

糸リフトの4大素材を、医師がエビデンスで読み解く
PDO・PLLA・PCL・PCLLA ― 論文で見る、失敗しない素材選びの完全ガイド
糸リフト(Thread lift)は、外科用縫合糸として長年の使用実績をもつ吸収性ポリマーを美容領域に応用した低侵襲治療です。「糸」と一言で言っても、その中身は素材ごとに大きく異なり、吸収期間・コラーゲン誘導能・柔軟性・臨床的適応に明確な違いが報告されています。本稿では、現在国内外の美容医療で主に用いられている4つの素材(PDO・PLLA・PCL・PCLLA)について、査読論文を根拠に医師の視点から整理します。
はじめに ― 糸リフトとは何か
糸リフトは、皮下(多くは皮下脂肪層〜SMAS浅層)に吸収性の糸を挿入し、①物理的なリフトアップ(機械的引き上げ)と、②糸の周囲で生じる異物反応を介したコラーゲン新生(neocollagenesis)を同時に得る、非切開型の若返り治療です。皮膚のたるみを外科的な切開なしに改善しうる点、施術時間が短くダウンタイムが比較的軽い点から、フェイスリフト手術に踏み切る前の中間的選択肢として世界的に普及しています。
一方で、糸リフトの効果と安全性は「どんな糸を、どこに、どの方向で入れるか」に大きく左右されます。中でも素材の選択は、持続期間・肌質改善効果・仕上がりの自然さ・合併症リスクに直結する最重要因子のひとつと位置づけられます。「どれが一番良い糸か」ではなく、「自分のたるみ・年齢・目的に最も適した糸はどれか」を理解することが、失敗しない治療の第一歩です。
素材によって、何が変わるのか
4大素材の違いを整理する上で、以下の3つの軸を押さえておくと理解が早くなります。
① 持続期間
半年〜約2年以上まで素材ごとに幅があり、加水分解速度に依存します。
② コラーゲン刺激
吸収過程での組織反応による肌質改善効果の強さ。素材の分子構造で差が出ます。
③ 柔軟性・固定力
糸のしなやかさと引き上げ強度のバランス。仕上がりの自然さと安定性を決定づける要素です。
PDO(ポリジオキサノン/第1世代)
Polydioxanone。最も一般的な医療用吸収性素材です。1980年代からEthicon社のPDS®として外科用モノフィラメント縫合糸に採用され、体内での分解経路が明らかにされてきた、安全性の実績が最も豊富な素材です。加水分解により約4〜6ヶ月で吸収され、糸自体は消失した後もコラーゲン新生による効果が一定期間持続するため、リフト効果は概ね6〜12ヶ月と報告されています。Aliら(2018)の2年間追跡研究では、PDOバーブド糸による下顔面リフトで有意な改善が維持され、重篤な合併症は認められなかったと報告されています。
PDOの主な特徴は次の3点です。
即時リフト力が強い:挿入直後から引き上げ効果を実感しやすい
安全性が非常に高い:体内での分解実績が豊富で臨床データが充実
価格が比較的お手頃:初めての方でもトライしやすい価格帯
持続期間:6〜12ヶ月
おすすめの適応:若年〜軽度(予防・初めての方)
PLLA(ポリ-L-乳酸/第2世代)
Poly-L-Lactic Acid。自己組織の再生を促す「コラーゲン生成力」が最大の特徴です。PLLAは、吸収過程での緩やかな異物反応により線維芽細胞を活性化し、I型コラーゲン新生(neocollagenesis)を誘導することが知られています。FitzgeraldとVleggaar(2011)はPLLAによるコラーゲン新生の機序をレビューし、Steinら(2015)はその生物学的基盤を実験的に検証しています。Goldbergら(2013)はヒト組織でPLLA注入後の新生コラーゲンの増加を組織学的に定量しました。
※上記はいずれも注入型製剤(Sculptra® などのフィラー)に関する研究であり、本稿では PLLA素材のコラーゲン誘導という「機序面」の傍証として引用しています。フィラーと糸では留置形状・量・層が異なるため、フィラーの持続データをそのまま糸の持続期間の根拠とすることはできません。糸としての臨床的リフト効果は、経験的に概ね12〜18ヶ月持続するとされ、リフトアップと同時に肌のハリ・皮膚密度の改善が期待できる点が、他素材との差別化ポイントです。
PLLAの主な特徴は次の3点です。
コラーゲン生成が強い:吸収過程でコラーゲン増生を強力に刺激
肌質改善・ハリ感アップ:内側から肌にハリとツヤを与える
皮膚密度アップ:薄くなった皮膚の密度を高め引き締める
持続期間:12〜18ヶ月
おすすめの適応:30〜50代(中等度たるみ・肌質改善)
PCL(ポリカプロラクトン/第3世代)
Polycaprolactone。現行素材の中で最も加水分解が緩やかなポリマーとして知られます。PCLは外科用縫合糸や埋め込み型医療デバイス、組織工学スキャフォールドとして長年研究されてきた素材で、体内(生体内)で長期にわたり構造を維持することがバイオマテリアル工学領域から報告されています。ChristenとVercesi(2020)は、美容医療におけるPCLを「古典的ポリマーがコラーゲンスティミュレーターとして再評価された素材」と総括しています。糸リフトとしての臨床的な効果持続は、経験的に概ね18〜24ヶ月とされ、PCL糸自体がしなやかで柔軟性が高いため、表情の動きに馴染みやすく、強力なリフト力と自然な仕上がりを両立しやすいと考えられています。
※Moers-Carpiら(2013)の24ヶ月無作為化比較試験は、PCLベースの皮下充填剤(フィラー:Ellansé®)を鼻唇溝に注入した研究であり、PCL糸そのものの臨床試験ではありません。本稿では、PCL素材の生体内耐久性とコラーゲン誘導機序の傍証として引用しており、フィラーの持続期間をそのまま糸の持続の直接的な根拠とすることはできません。
PCLの主な特徴は次の3点です。
最も長期持続:体内でゆっくりと分解され効果が長く続く
強力なリフト力:強度が高く、しっかりとした引き上げが可能
柔軟で自然な仕上がり:糸がしなやかで表情に馴染みやすい
持続期間:18〜24ヶ月
おすすめの適応:中〜重度たるみ(強力リフト希望の方)
PCLLA(カプロラクトン・L-乳酸 共重合体/ハイブリッド)
PCLLAは、一般に poly(caprolactone-co-lactide)(略号 PLCL とも表記される)、すなわちカプロラクトンとL-乳酸を一定比率で共重合させた「共重合体」を指します。2種のポリマーを物理的に混ぜ合わせた「ブレンド/複合材」ではなく、ポリマー鎖の中に両方のモノマーユニットを含む単一の高分子材料として設計されている点が特徴です。この分子設計により、PCL由来の柔軟性・生体内での分解の緩やかさと、乳酸ユニット由来のコラーゲン誘導傾向を、1本のフィラメント内で両立させることが理論上の狙いとされます。カプロラクトンと乳酸の共重合体は、生分解性ステント・組織工学スキャフォールドなど医用デバイス領域で長年研究されてきた実績のある素材でもあります。
※ただし、糸リフトデバイスとしてのPCLLAに関する査読付き中長期臨床データは、現時点で極めて限定的です。臨床的な効果持続はメーカー報告に基づき概ね18〜24ヶ月とされ、自然な後戻りとバランスの取れた仕上がりが特徴とされますが、PDO・PLLA・PCL単体と同等のエビデンスレベルには達していない点にはご留意ください。実際の製品によっては「PCL+PLLA 2種糸の同時挿入(物理的複合)」を指してPCLLAと呼称している場合もあり、ご検討の際は担当医に「共重合体か複合か」「素材の出典・引用データ」を確認することを推奨します。
PCLLAの主な特徴は次の3点です。
リフト力×コラーゲン生成:両特性を1本の共重合体で兼ね備えたバランス型設計
長期持続で自然な印象:約2年にわたり効果が持続し、後戻りも緩やかとされる
柔軟で馴染みが良い:表情の動きに馴染み、ひきつれ感が少ない
持続期間:18〜24ヶ月
おすすめの適応:中〜重度(バランス重視の方)
4大素材 徹底比較
それぞれの特徴を横並びで整理すると、目的別の適応がより明確になります。
| 項目 | PDO | PLLA | PCL | PCLLA |
|---|---|---|---|---|
| 世代 | 第1世代 | 第2世代 | 第3世代 | ハイブリッド 共重合体(PLCL) |
| 吸収期間 | 約4〜6ヶ月 | 約12〜18ヶ月 | 約18〜24ヶ月 | 約18〜24ヶ月 |
| リフト持続 ※重要 | 約6〜12ヶ月 | 約12〜18ヶ月 | 約18〜24ヶ月 | 約18〜24ヶ月 |
| コラーゲン刺激 | 中等度 | 強い | 非常に強い | 強い |
| 糸の柔軟性 | やや硬い | 硬め | 非常に柔軟 | 中間 |
| 初期固定力 | 強い | 中 | 強い | 強い |
| 長期固定力 | 弱 | 中 | 強 | 強 |
| 安全性 | ★ 非常に高い | 高い | 高い | 高い |
| 主な用途 | 軽度たるみ・予防 | 中等度たるみ・肌質改善 | 強力リフト・引き上げ | 中〜重度・バランス |
| 主適応 | 若年〜軽度 | 30〜50代 | 中〜重度 | 中〜重度 |
注釈:一般的な目安として、PDOは概ね6〜12ヶ月、PLLAは12〜18ヶ月、PCLおよびPCLLAは概ね18〜24ヶ月持続する傾向があると報告されています。ただし、PCLLAは共重合体(poly(caprolactone-co-lactide) / PLCL)としての素材で、糸リフトデバイスとしての査読付き中長期臨床データは限定的であり、上記の持続期間は主にメーカー報告に基づく目安です。また、個人の体質・生活習慣・皮下組織の状態により吸収速度には個人差があります。
リフト力・持続の総合比較
目的別に最適な素材を見極めるための、5段階の指標です。本評価は上記の論文報告および臨床経験を踏まえた当院の見解であり、査読論文に基づく統一的な数値評価ではありません。実際の効果には個人差があり、術者の技術・デザイン・挿入層によっても大きく変動しうる点にご留意ください。
| 評価項目 | PDO 即効性重視 |
PLLA 肌質改善 |
PCL 長期持続 |
PCLLA バランス |
|---|---|---|---|---|
| 初期リフト | ★★★★☆ | ★★★☆☆ | ★★★★☆ | ★★★★☆ |
| 長期効果 | ★★☆☆☆ | ★★★☆☆ | ★★★★★ | ★★★★☆ |
| コラーゲン誘導 | ★★☆☆☆ | ★★★★☆ | ★★★★★ | ★★★★☆ |
| 安全性 | ★★★★★ | ★★★★☆ | ★★★★☆ | ★★★★☆ |
| 👑 総合リフト力 | 3★★★☆☆ | 4★★★★☆ | 5★★★★★ | 4★★★★☆ |
素材選び以上に、結果を左右する「3つの鍵」
ここまで4素材の違いを解説してきましたが、実際の治療結果は「どの糸を使うか」と同じくらい「どう入れるか」によって決まります。Bertossiら(2019)は、糸リフトの合併症の多くが素材そのものではなく、コグ形状の選択・ベクトル設計・挿入層の誤りに起因することを指摘しています。
01 コグ(棘)の形状
モノフィラメント(Mono)、モールド成型(Molded)、360°方向コグなど形状で、組織への引っ掛かり・保持力が変わります。強すぎるコグは皮膚のディンプル(凹み)の原因にもなります。
02 ベクトル設計
どの方向に、どのポイントを起点として引き上げるか。顔の重心をどう再配置するかという解剖学的デザインが、仕上がりの自然さと持続を大きく左右します。
03 挿入層(深さ)
皮下脂肪層〜SMAS浅層のうち、適切な層に挿入されないとひきつれ・効果不足・可視化などの原因になります。素材のポテンシャルを引き出すのは、術者の解剖学的知識と手技です。
Doctor’s Take ― 医師からの結論
「どの素材が一番いい」という問いには、明確な答えはありません。20代で軽度のたるみ予防を目的とする方と、50代で明らかな下顔面のもたつきを主訴として来院される方とで、選ぶべき素材は当然異なります。
私たち医師が診察で判断しているのは、たるみの解剖学的な状態(皮膚・脂肪・SMAS・骨吸収の程度)、年齢、ライフスタイル、ご予算、そして「どの仕上がりを望まれるか」の好みという複数の要素です。単一素材で全てを満たすのが難しい場合は、PDOで即時リフトを補いつつPLLA・PCLで長期の肌質改善を狙う、といった複合的な設計も選択肢になります。
大切なのは、SNSや広告の情報ではなく、ご自身の顔と目的に合った素材と術式を、診察のうえで一緒に選ぶこと。それが、糸リフトで満足度の高い結果を得るための、最も確実な近道です。