2026.09.10
- 傷跡

美容外科の傷跡をきれいに治す「過ごし方」:創傷治癒を遅らせる要因と、あなたにできること・できないこと
前回は、医師がカウンセリングから抜糸後まで何を考え、どの場面で何を決めているのかをお伝えしました。
しかし、あらためて考えてみると、執刀している時間は数十分から数時間にすぎません。そこから傷が成熟していくまでの約1年間、その傷のそばにいるのは患者さんご自身です。時間で言えば、そのほとんどが患者さんの側にあるということになります。
そして、ここには希望のある事実があります。傷の治りを遅らせる要因の多くは、すでに医学的に分かっており、しかもその多くは減らすことができるということです。
これまでの連載で、傷が「出血・凝固期」「炎症期」「増殖期」「成熟期」という4つの時期を経て治っていくことをお伝えしてきました。今回は、この4つの時期をもう一度順番に歩きながら、それぞれの場面で「あなたに何ができるのか」を見ていきます。そして最後に、努力では変えられない条件についてもお話しします。
1. 前提の確認:傷が治る4つの時期と、二つの原則
はじめに、これまでの連載の内容を簡単に振り返っておきます。今回から読み始めた方も、ここだけ押さえていただければ、この先の話は追えるはずです。
・出血・凝固期(直後〜数時間):血が止まり、フィブリンという網によって仮のふたができます。
・炎症期(〜3日):白血球が現場に入り、細菌や壊死した組織を片づけます。
・増殖期(3日〜3週間):線維芽細胞がコラーゲンを産生し、新しい血管が伸び、表面が上皮で覆われます。傷が最も赤く、硬くなるのがこの時期です。
・成熟期(3週間〜1年):作りすぎたコラーゲンが入れ替わり、血管が退いて、白く柔らかい傷跡へと落ち着いていきます。赤みが引くのは、おおむね3〜6ヶ月です。
それぞれの時期に細胞たちが何をしているのかは、「基本メカニズム」「出血・炎症期」「増殖期」「成熟期」の各回で詳しくお伝えしました。そして前回と同じく、今回の話に必要なのは二つの原則だけです。
一つ目は、「炎症が長引くほど、体はコラーゲンを作りすぎて、傷が盛り上がる」ということ。
二つ目は、「傷が閉じるまでに時間がかかるほど、傷跡は目立ちやすくなる」ということ。
前回は、医師の側がこの二つをどう有利にするかという話でした。今回ご紹介する患者さん側の工夫も、すべて「この二つに効くかどうか」で整理できます。
2. 全体像:治りを妨げるものは、四つに分けられる
治癒を遅らせる要因は数多くありますが、バラバラに覚える必要はありません。傷を治しているのは、細胞と、細胞が使う材料と、それを運ぶ血液です。ですから、治りを妨げる条件は、おおむね次の四つのどれかに当てはまります。
1. 血が届かない(喫煙、糖尿病、血腫、締めつけ、むくみ)
2. 材料が足りない(低栄養、ビタミンの欠乏)
3. 炎症が終わらない(感染、異物、繰り返される刺激、引っ張る力)
4. 細胞の働きが抑えられている(ステロイド、抗がん剤、免疫抑制薬、放射線治療の既往)
図B.傷の治りを妨げるものは、四つに分けられる。血が届かない・材料が足りない・炎症が終わらない・細胞が働けない。いずれも中央の「傷の工事現場(細胞・材料・血流)」に届くかどうかにつながります(模式図)。
言い換えれば、私たちが術後にお願いしていることのほとんどは、「傷に酸素と材料が届く状態を保ってください」という一言に集約されます。連載でお伝えしてきたように、傷の中では細胞たちが休みなく再建工事を続けています。患者さんにできるのは、その工事現場に資材と酸素を送り続け、妨害しないことです。
3. 手術の前に:4つの時期すべての土台をつくる
手術の前にできることは、特定の時期にだけ効くのではなく、そのあとに続くすべての時期の土台になります。
3-1. 禁煙
今回、最もお伝えしたいのがこの項目です。喫煙は、三つの経路で傷の治りを妨げます。
一つ目は、たばこに含まれる一酸化炭素がヘモグロビンと結合してしまうことです。ヘモグロビンは本来、酸素を運ぶ役割を担っています。そこが塞がれてしまえば、血液そのものが酸素を運べなくなります。
二つ目は、ニコチンが末梢の血管を収縮させることです。傷の周囲は、まさにその末梢にあたります。悪影響の強さでいえば、一酸化炭素をはじめ多くの有害物質を同時に取り込む喫煙のほうが上です。ただし、禁煙のためのニコチンパッチやニコチンガムにもニコチンは含まれており、血管収縮そのものは起こります。血流が結果を左右する手術では、パッチやガムの使用も問題になることがありますので、使用中の場合は必ずお伝えください。
図A.タバコが傷の治りを妨げる、2つの経路。一酸化炭素がヘモグロビンをふさいで血液そのものが酸素を運べなくなる経路と、ニコチンが末梢の血管を収縮させる経路。どちらも「傷に酸素と材料が届かない」という結果につながります(模式図)。
三つ目は、血流だけが頼りの手術では、この影響が決定的になり得るということです。フェイスリフト、植毛、脂肪注入といった、移植した組織や剥離した皮膚が新しい血流を得なければならない手術では、喫煙の有無が経過を左右することがあります。実際、腹壁形成術では現在の喫煙が禁忌に近いリスクとして扱われており、乳房インプラント再建でも、喫煙・肥満・放射線治療の既往が合併症のリスク因子として挙げられています。
では、いつからやめればよいのでしょうか。目安は、手術の4週間前から。そして傷が治りきるまで継続することが望ましいとされています。周術期の禁煙では、禁煙期間が長いほど術後合併症の抑制効果が大きいことが示されています。メタ回帰分析では、禁煙期間が1週間延長するごとに合併症低減効果の大きさが約19%増加しました。とくに4週間以上の禁煙は、4週間未満よりも大きな合併症低減効果と関連し、呼吸器合併症および創傷治癒合併症の低減が示されています。
ただし、ここで強調しておきたいことがあります。期間が短くても、始めるのに遅すぎることはありません。短い禁煙期間でも合併症が増えることはないとされており、手術の直前からでも意味があります。
酸素の届かない傷では、炎症は長引き、閉じるのも遅れます。つまり喫煙は、冒頭の二つの原則の両方を悪い方向へ動かす習慣だということです。
3-2. 栄養
「手術の前に、できるだけ痩せておきたい」というお気持ちは、よく分かります。しかし傷にとっては、これはおそらく最も避けたいタイミングです。
「増殖期」の回で、線維芽細胞がコラーゲンを産生して傷を埋めていく様子をお伝えしました。そのコラーゲンの材料は、たんぱく質です。工事は始まったのに資材が届かない、という状況を、手術前の過度なダイエットは自ら作り出してしまいます。
目安としては、健常な成人の維持に1日あたり35kcal/kg、たんぱく質は0.8〜2.0g/kgとされています。またビタミンCは、コラーゲンの線維同士をつなぎ止める工程に不可欠です。極端に欠乏すれば、傷は開いてしまいます。
一方で、正直にお伝えしておくべき限界もあります。もともと不足していない方が、ビタミンや亜鉛を追加で摂っても、傷の治りが良くなるわけではありません。サプリメントを増やせば早く治る、という期待には根拠がありません。
3-3. 血糖のコントロール
糖尿病が傷の治りを遅らせる理由は、四つあります。細い血管が傷んで局所が酸欠になること。糖化したヘモグロビンが酸素を抱え込んで手放しにくくなること。白血球の働きが落ちて感染しやすくなること。そして神経障害によって「痛い」という警告が届かなくなることです。
手術の前後は、血糖180mg/dL未満を目安に管理することが望ましいとされています。
3-4. 内服中のお薬を、すべてお伝えいただくこと
次のようなお薬は、傷の治り方に直接影響します。
・ステロイド:炎症を抑え、コラーゲンの合成を阻害するため、傷の強度そのものが落ちます
・抗がん剤・免疫抑制薬:治癒の最初の一歩である炎症期を担う細胞の供給や働きが抑えられるため、治癒の立ち上がりが鈍り、感染も起こしやすくなります
・抗血小板薬・抗凝固薬:血腫のリスクが高まります(=出血・凝固期に関わるお薬です)
ピル、漢方、そしてビタミンEを含むサプリメントも申告の対象です。「サプリメントだから大丈夫」ということはありません。
4. 出血・凝固期から炎症期へ:術直後から1週間
連載の第1回でお伝えしたように、この時期の傷の中では、止血と「現場の片づけ」が進んでいます。血小板が仮のふたを作り、白血球が細菌や壊死組織を処理する。ここが長引かずに済めば、次の増殖期は予定どおり始まります。
4-1. 冷やす、安静にする、(指示があれば)圧迫する
出血と腫れを減らすことが、そのまま炎症期を短くすることにつながります。血流が増える行為、つまり飲酒、激しい運動、長風呂、サウナは、この時期は避けてください。
4-2. 血腫を見逃さない
片側だけ急に腫れてくる。強く張ってくる。皮膚の色が変わる。こうしたときは、「内出血がひどいだけ」とご自身で判断せず、ご連絡ください。
血のたまりは、酸素と細胞の通り道を物理的に断ち切ってしまいます。そのうえ細菌にとっては格好の温床になります。前回、皮膚移植が生着しない最大の原因が血腫であるとお伝えしましたが、それほど影響の大きいものです。
4-3. 感染を起こさない、そして見逃さない
まず、言葉の整理から始めます。「菌がいること」と「感染していること」は違います。皮膚には、もともと細菌が付着しています(付着)。傷ができると、その細菌が傷に入り込み、住み着いて増殖することがあります(定着)。ただし、定着しているだけなら、多くの傷は何の問題も起こさずに治っていきます。問題はその先です。細菌がさらに増殖して組織の中へ侵入し、組織を傷つけて、赤み・腫れ・熱感・強くなる痛み・膿といった症状を引き起こしている状態——これが「感染」です。目安として、組織1gあたり10万個を超えると、侵襲性の感染のリスクが非常に高くなるとされています。付着、定着、感染という段階があり、途中までは正常の範囲なのです。
図C.「菌がいること」と「感染していること」は違います。皮膚に菌がいる(付着)、傷に住み着いて増える(定着)、組織へ侵入して症状を起こす(感染)の三段階。途中までは正常の範囲です(模式図)。
では、感染が起きると何が問題なのでしょうか。コラゲナーゼという酵素が増え、せっかく作られたコラーゲンが分解されてしまいます。表面が覆われていく工程も止まります。そのうえ、肥厚性瘢痕まで増えることが知られています。
つまり、こういうことです。
感染が起きる → 炎症が終わらない → 閉じるまでが遅れる → 傷跡が目立つ
これは別々の不運が重なっているのではなく、一本の線でつながった同じ現象です。この連載を貫いてきた二つの原則が、ここで合流します。
なお、はっきりした感染の徴候がないにもかかわらず治りが遅い、という状態も存在します。「なんとなく治りが悪い気がする」というのは、それだけで受診の理由になります。
4-4. 消毒しすぎない、乾かさない
感染がない限り、適度な湿潤環境を保ったほうが、表面は速く閉じていきます。消毒液は、明らかな感染がある場合を除いて原則として使用しない、というのが現在の考え方です。「増殖期」の回でお伝えした、上皮細胞が創面を這って広がっていく工程を思い出してください。乾いた路面より、潤った路面のほうが、細胞は速く進めるのです。乾燥は、二つ目の原則である「閉じるまでの時間」を引き延ばす要因になります。
5. 増殖期:3日から3週間、いちばん我慢が要る時期
まずお伝えしたいことがあります。この時期に傷が赤く、硬く、少し盛り上がって見えるのは、多くの場合、正常な治癒の過程です。「増殖期」の回でお伝えしたとおり、コラーゲンの産生と血管新生が最も活発な時期であり、赤みと硬さは、いわば工事の音のようなものです。失敗ではありません。しかし多くの方がここで不安になり、そして余計なことをしてしまわれます。
5-1. なぜ、そこまで大事にしなければならないのか
抜糸が済むと「もう治った」と感じられます。しかし、傷の「強さ」という物差しで見ると、話はまったく違います。
・最初の2〜3週間、傷にはほとんど強度がありません
・6週で、ようやく最終的に到達する強さの半分に届きます
・そこから6〜12ヶ月かけて、ゆっくりと上がり続けます
・そして、どれだけ待っても正常な皮膚の75〜80%程度までしか戻らないとされています
図1.傷の強さの回復曲線。最初の2〜3週間はほとんど強度がなく、6週で到達点の半分に届き、そこから6〜12ヶ月かけてゆっくり上がりますが、正常な皮膚の75〜80%程度までしか戻りません(曲線の中間の形は説明用の模式図)。詳しい解説は前回をご覧ください。
抜糸は「表面のふたが閉じました」という報告にすぎません。ですからこれからお伝えする「引っ張らない」「いじらない」は、根性論ではないのです。まだ強度のできていないものを守っている、という話です。
5-2. 引っ張らない
線維芽細胞には、引っ張られるとコラーゲンを産生するスイッチが入るという性質があります。傷を引っ張り続けることは、一つ目の原則である「コラーゲンの作りすぎ」を自ら招く行為なのです。だからこそ、安静・固定・圧迫が瘢痕管理の柱になります。
具体的な例を挙げると分かりやすいかもしれません。右肩の手術のあとのテニス。下腹部の手術のあとの腹筋運動。いずれも、傷を繰り返し伸ばす動きです。ケロイドや肥厚性瘢痕の手術のあとでは、2〜6ヶ月のあいだ患部をなるべく安静に保つことが勧められています(期間は部位や術式によって異なります。実際は主治医の指示に従ってください)。
5-3. いじらない
形成外科の教科書には、印象的な症例が載っています。二重のラインをより深くしようとして、ご自身でつまようじを使って毎日その部分を傷つけ、重瞼線に沿った肥厚性瘢痕を作ってしまわれた方の例です。
極端に思われるかもしれませんが、方向性としては日常の癖と地続きです。洗顔やお化粧のときの習慣的な摩擦も、色素沈着の主な原因として指摘されています。傷のまわりに触れるのは必要最低限にとどめ、こすらないようにしていただければと思います。
5-4. 材料を切らさない
術後こそ、たんぱく質です。食欲が落ちやすい時期でもありますので、意識して摂取していただければと思います。
6. 成熟期:3週間から1年、続けた方だけが差をつける
この時期のケアの基本は、「成熟期」の回で詳しくお伝えしました。要点だけ再掲しておきます。
・サージカルテープ:抜糸後3ヶ月から半年を目安に、傷を寄せる方向に貼り、引っ張る力から傷を守ります
・シリコーンジェルシート:保湿と保護を兼ね、瘢痕を柔らかく平らに保つのを助けます
・保湿:ヘパリン類似物質などで、瘢痕の乾燥を防ぎます
・遮光:紫外線による色素沈着を防ぎます
今回はそのうえで、あまり語られないけれど差がつくポイントに絞ってお伝えします。
6-1. テープは「剥がし方」で差がつきます
貼り方と期間は、上に再掲したとおりです。ここで補足したいのは、貼り方よりもむしろ、剥がし方です。
剥がすときは、瘢痕と平行な方向へ、創縁を軽く寄せながら剥がしてください。瘢痕と直交する向きに引っ張ると、傷を開く方向に力がかかってしまいます。せっかく貼っていたテープが、剥がす一瞬で逆効果になりかねません。
図D.テープは「剥がし方」で差がつく。貼るときは傷に直交する向きに寄せるように、剥がすときは傷と平行な方向へ皮膚を軽く押さえながらゆっくりと。傷と直交する向きに引っ張ると傷を開く力がかかります(模式図)。
交換は2〜3日ごとを目安に。貼りっぱなしにはしないでください。逆に、毎日のように貼り替えるのも肌への負担になりますので、行わないでください。
そして、テープによるかぶれやびらんは、実際に起こります。赤み、かゆみ、水疱が出た場合は、我慢して続けずにご相談ください。テープの上からステロイド軟膏を用いる、皮膚保護材を挟むなど、対処の方法があります。
6-2. 遮光
瘢痕の色素沈着は、炎症によって生じた物質がメラノサイトを刺激し、メラニンの合成が増えることで起こります。そしてこの反応は、日焼けによって強調されます。成熟しきっていない傷跡は、紫外線に弱いのです。
期間の目安はテープと同じく3ヶ月から半年です。日焼け止めに加えて、テープや衣類による物理的な遮蔽も有効です。
6-3. 保湿、シリコン、圧迫
詳しくは「成熟期」の回に譲りますが、一点だけ補足させてください。
シリコーンシートも圧迫も、効果が目に見えるようになるまでには数ヶ月かかります。「1ヶ月続けたけれど変わらないのでやめました」というのが、いちばんもったいないパターンです。「成熟期」の回で、傷跡の回復は数ヶ月から1年以上かけて変化し続ける「線」のプロセスだとお伝えしました。この時期のケアは、根気よく継続することそのものに意味があります。
6-4. 待つ
修正を検討するのは、多くの場合、術後半年以降です。前回お伝えしたとおり、瘢痕が成熟して軟らかくなるのを待ってから判断するのが原則です(時期の目安は術式や部位によって異なります。必ず主治医とご相談ください)。
7. 変えられないこと:諦める理由ではなく、お伝えいただく理由
ここまでは、ご自身の行動で変えられることをお伝えしてきました。しかし、努力では変えられない条件も確かに存在します。
・体質・遺伝:ケロイドには体質的な要因があり、日本人では0.1%程度の発生率とされています。日本人の患者さんで複数の関連遺伝子が同定されており、ご家族の中に集まることも知られています。
・年齢:ケロイドや肥厚性瘢痕は性差なくどの年代でも起こりますが、10〜20歳代に好発します。逆に高齢の方では炎症の反応が弱いぶん、肥厚性瘢痕はむしろまれです。
・部位:肩、前胸部、上腹部のみぞおち付近、下腹部の恥骨のあたりは、皮膚の緊張が強く、ケロイド・肥厚性瘢痕の好発部位です。関節をまたぐ傷や、筋肉の収縮方向と垂直に走る傷も、繰り返し伸ばされるため注意が必要です。また目頭(内眼角)は、もともと余っている皮膚が少なく平坦なため、まぶたに比べると傷跡が目立ちやすい部位です(前回の図1「部位別の傷跡マップ」もご参照ください)。
・持病・既往:膠原病や慢性腎臓病など、免疫の働きが抑えられる病態。そして放射線治療の既往(血管が線維化し、組織が慢性的な酸欠状態になります)。
・妊娠:妊娠中はケロイドが悪化しやすく、妊娠を予定されている場合、その前の手術は避けたほうがよいとされています。
これらは変えられません。しかし、変えられないからこそ、手術の前にお伝えいただく価値があります。
前回、医師がカウンセリングで何をお聞きしているかをご紹介しました。あれは、まさにこの情報を集めるためのものです。「家族にケロイド体質の人がいる」「ピアスの穴が盛り上がったことがある」「昔の手術の傷が太くなった」。この三つは、切開線の設計も、縫い方も、術後に予防的な治療を加えるかどうかも、まるごと変えうる情報です。
体質は、諦める理由ではありません。備えるための情報です。
8. こんなときは、お早めにご相談ください
・痛みが日ごとに強くなる、拍動するように痛む
・赤みが傷の外へ広がる、熱をもつ、発熱がある
・膿が出る、においがある
・片側だけ急に腫れて張ってくる
・傷が開いてきた
・テープでかぶれて水疱やびらんができた
・3ヶ月を過ぎても赤く硬く、盛り上がりが元の傷の幅を超えて広がってくる
最後の項目は、ケロイドを疑うサインです。肥厚性瘢痕は元の傷の範囲を越えませんが、ケロイドは境界を越えて周囲へ広がっていきます。この違いについては、「成熟期」の回で詳しくお伝えしています。
9. よくいただくご質問
Q. マッサージをすれば、傷跡は柔らかくなりますか。
これは、術式によって答えが正反対になります。脂肪注入のあとは、移植した脂肪を安静に保つことが最優先ですので、ご自身によるマッサージは行わないでください(顔の場合、洗顔のときも注意が必要です)。一方、脂肪吸引のあとは硬縮に対して、術後1週間ごろからマッサージやストレッチが勧められることがあります。乳房インプラントも、インプラントの種類によって必要・不要が分かれます。自己判断はせず、必ず執刀医にご確認ください。
Q. ビタミンEを塗ると傷跡が消えると聞きましたが。
ビタミンEが傷跡(ケロイド、肥厚性瘢痕、通常の瘢痕のいずれも)を改善させるという証明はありません。保湿としての意味はありますが、それ以上の効果を期待されないほうがよいと思います。
Q. サプリメントを飲めば早く治りますか。
もともと不足していない方が追加で摂っても、治りが良くなることはありません。不足している方にとっては重要である、という言い方が正確です。
Q. 赤みが引かないのですが、失敗でしょうか。
赤みは毛細血管が増えていることによるもので、通常は3〜6ヶ月かけて引いていきます。「成熟期」の回でお伝えした血管の消退が進むまで、ご判断は最低でも6ヶ月お待ちください。
Q. お酒や運動、サウナはいつから大丈夫ですか。
血流が増える行為は、腫れと出血のもとになります。術直後は避けてください。運動については、術式や部位によって2〜6ヶ月の注意が必要な場合があります(一般的な目安であり、実際の再開時期は必ず主治医にご確認ください)。
Q. 市販の傷跡クリームは効きますか。
保湿や湿潤環境をつくるという役割は果たします。ただし、体質性の肥厚性瘢痕やケロイドには、別の治療が必要です。
まとめ:三つの掛け算で、結果は変わる
傷跡の仕上がりは、「手術の設計」「体の条件」「術後の時間の過ごし方」という三つの掛け算で決まります。
一つ目は前回の話でした。二つ目と三つ目が、今回の話です。どれか一つをゼロにすることはできませんが、どれもが掛け算の一項です。一つを大きくすれば、結果は変わっていきます。
そして、迷ったときは二つの原則に立ち返ってください。炎症を長引かせないこと。傷が閉じるまでの時間を延ばさないこと。今回ご紹介したことは、禁煙も、栄養も、感染の予防も、テープも、すべてこのどちらかに効いています。
最後に、もう一度だけお伝えさせてください。傷が赤く硬い時期は、失敗の時期ではありません。深部で最も活発に工事が進んでいる時期です。そこで焦って何かをするよりも、待てることのほうが、はるかに難しく、そしてはるかに効きます。
「今は赤くて硬いけれど、深部では着実に並び替えが進んでいる」。この連載でお伝えしてきたその見通しを持って、禁煙、栄養、安静、テープ、遮光といった地味なケアを、静かに続けていただければと思います。細胞たちの仕事を邪魔しないこと。それが、あなたにできる最も確実な貢献です。
(本コラムの内容は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針は主治医にご相談ください。)