2026.10.23
- 傷跡

脂肪コンパートメントと支持靭帯から見た、顔の老化――顔の「たるみ」には、皮膚の下に地図がある
1. ほうれい線は、寝ると薄くなる
意外に思われるかもしれませんが、ほうれい線は、姿勢を変えるだけで薄くなります。
日本人女性を調べた研究があります。座った姿勢から寝た姿勢に変えると、ほうれい線は大きく減るか、消えました。姿勢を変えても固定したシワが残っていた人は、13.8%にとどまりました。
もしほうれい線が「皮膚に刻まれた線」だけでできているなら、寝ても消えないはずです。
つまり、ほうれい線には、皮膚の下にある組織の「位置」が関わっています。では、その位置を決めているのは何でしょうか。それがこのコラムの主題です。
2. 顔の脂肪は、浅層と深層に分かれ、区画に仕切られ、性質も違う
顔の脂肪というと、皮膚の下に一枚の層が広がっている様子を思い浮かべます。実際は違います。
浅層脂肪と深層脂肪
顔のやわらかい組織は、表面から順に、皮膚、皮下脂肪、SMAS(スマス)と呼ばれる膜の層(表情筋もここにあります)、深い層の脂肪、そして骨を包む骨膜(または深い筋膜)の、5つの層に整理されます。
図1.顔のやわらかい組織の5つの層(皮膚、皮下脂肪、SMAS、深層脂肪、骨膜・深い筋膜)。
つまり脂肪は、皮膚のすぐ下と、SMASの奥との2か所にあります。国内の教科書は、表情筋(顔の表情をつくる筋肉)より浅い脂肪を浅層脂肪、深い脂肪を深層脂肪と呼んでいます。皮下脂肪が浅層脂肪、SMASの奥の脂肪が深層脂肪です。このコラムでも、この呼び方を使います。
脂肪コンパートメント
2007年、ご遺体の顔の皮下に色素を注入した研究が、皮下脂肪は独立した複数の区画に分かれていることを示しました。この区画を脂肪コンパートメントと呼びます。コンパートメントを仕切る壁は、線維の集まりです。
報告されているコンパートメントを挙げます(研究者によって区分や名前に違いがあり、国内の教科書の図と主な論文をもとにしました)。名前を覚える必要はありません。顔の脂肪がこれだけ細かく仕切られている、ということが要点です。
浅層脂肪
・額:中央、中間、外側(こめかみへ続く)の3つ
・目の周り:上、下、外側の3つ
・頬:内側、中間、外側(こめかみへ続く)の3つ
・こめかみ:浅側頭コンパートメント(上と下の2つ)
・ほうれい線のやや上:鼻唇脂肪
・あごの脇:ジョール脂肪(上と下の2つ)
深層脂肪
・眉の下:ROOF(眼輪筋の奥の脂肪)
・額の外側:額の外側の深層のコンパートメント
・鼻の付け根:鼻根部の筋肉の奥の脂肪
・目の下:SOOF(眼輪筋下脂肪。内側と外側の2つ)
・頬:深部内側頬脂肪(deep medial cheek fat)、深部外側頬脂肪、鼻のわき(梨状口のふち)の奥の脂肪、鼻唇部の奥の脂肪
・頬の奥:頬脂肪体(バッカルファット)
・こめかみ:深部側頭脂肪
・口の周り:口輪筋の奥の脂肪、オトガイ筋(あご先の筋肉)の奥の脂肪
図2.顔の脂肪コンパートメント。左:浅層脂肪のコンパートメント/右:深層脂肪。
注:額と頬の「外側」は、2007年の報告では一つの区画です。こめかみの皮下の2つは、2018年の別の研究によります。こめかみには、このほかに側頭筋膜の間の脂肪(浅側頭脂肪、7章)があり、表の皮下脂肪とは別の構造です。
頬の浅層脂肪の3つは、以前は「頬の脂肪(malar fat)」とひとまとめに呼ばれていたものです。
浅層脂肪と深層脂肪は、動き方が違う
白人24名の頬を超音波で観察した研究では、笑ったとき、浅層脂肪は平均3.7mm上へ動きました。深層脂肪はほとんど動かず、0.1mmでした。
脂肪細胞の大きさを比べた研究もあります。2014年に米国のグループが、47〜101歳のご遺体63体で、浅層の鼻唇脂肪と深層の深部内側頬脂肪を顕微鏡で比べたところ、深層の脂肪細胞のほうが小さいという結果でした。著者らは、浅層と深層の脂肪はつくりが違うという考えを支持する結果だとしています。
脂肪を、つくりの違いで3つの型に分ける考え方もあります(2016年の総説)。口の周りの「線維型」は、小さな脂肪細胞を厚い線維の殻が包んでいます。中顔面(頬のあたり)の「構造型」は、大きな脂肪細胞を薄い殻が包んでいます。頬脂肪体と深部側頭脂肪の「貯蔵型」は、小葉のまとまりがなく、線維の網が弱い脂肪です。型によって力学的な性質が違うので、治療ではその違いを考えに入れる必要がある、というのがこの総説の立場です。
ただし、脂肪細胞の研究は高齢のご遺体の2つのコンパートメントを比べただけで、この総説も、コンパートメントごとの顕微鏡レベルの特徴はまだほとんど分かっていない、と述べています。顔全体に当てはめるには、研究が足りません。
つまり、「顔の脂肪」とひとくくりにはできません。頬で調べた研究では、笑ったときによく動く浅層脂肪と、ほとんど動かない深層脂肪は、性質が違っていました。別のものとして考える必要があります。
3. 溝が「あの場所」にできるのには、理由がある
目頭の下の溝、ゴルゴ線、ほうれい線、マリオネットライン。顔の溝には、できやすい場所があります。なぜ、その場所なのでしょうか。
皮膚には、奥につなぎ留められている場所がある
顔の皮膚は、ところどころで深いところにつなぎ留められています。その役目をしているのが、支持靭帯(リテイニングリガメント)です。国内の教科書は、骨膜や深い筋膜から皮膚へつながる、強くて短い結合組織の束、と説明しています。
1989年にこの支持靭帯を報告した論文は、頬骨と下あごの支持靭帯が、重力に抗して顔の皮膚を留めている、と述べています。支持靭帯は、決まった場所にあるとされています。
図3.顔の主な支持靭帯の位置。
溝の位置は、支持靭帯の位置と重なる
国内の教科書や専門誌は、溝と支持靭帯を次のように対応させています。文献によって少し違いがあります。
・目頭側の溝:tear trough ligament(眼輪筋支持靭帯とする文献もあります)
・目の下の外側の溝:眼輪筋支持靭帯
・ゴルゴ線:頬骨の支持靭帯
・マリオネットライン:下あごの支持靭帯
マリオネットラインについては、支持靭帯ではなく、筋肉が皮膚に付く場所と一致する、とする研究もあります。
溝の位置は、脂肪コンパートメントの境界とも重なる
ご遺体の頭部9体をCTで調べた研究があります。ほうれい線、目頭側の溝、マリオネットラインは、いずれも、隣り合う脂肪コンパートメントの境界線と同じ位置にありました。溝のところで、脂肪の区画が切り替わっていたということです。
つまり、ここで挙げた溝は、支持靭帯がある場所や、脂肪コンパートメントが切り替わる場所と、同じ位置にできるとされています。皮膚の表面だけを見ていても、溝の理由は分かりにくいのです。
4. 顔には、動きやすい場所と、動きにくい場所がある
支持靭帯があるということは、顔の中に「動きにくい場所」があるということです。
支持靭帯の線
目のくぼみ(眼窩)の外側の縁のすぐ外を縦に走る線が提唱されていて、「支持靭帯の線(line of ligaments)」と呼ばれます。こめかみから下あごまで、主な支持靭帯をつなぐ線です。線より外側は比較的固定され、内側は比較的よく動くとされています。
白人21名の顔を3Dで計測した研究では、笑ったときの皮膚の上への動きは、頬の内側で平均6.68mm、外側で平均5.20mmでした。外側も動きますが、内側より小さい、という結果です。著者らは、動きの境目が支持靭帯の線の位置と一致すると述べています。
ただし異論もあります。この線の下の端は、動くジョール脂肪の前に描かれています。動きにくい場所の目印であるはずの線が、動く脂肪の前を通る。だから線は「部分的にしか信頼できない」、という指摘です。
筋肉が滑るための面(スペース)
支持靭帯と支持靭帯の間には、筋肉が滑るための面があるとされ、「スペース」と呼ばれます。
たとえば頬骨の上のスペースでは、眼輪筋がここを滑って動きます。下の境界は頬骨の支持靭帯で動きにくく、上の境界は眼輪筋支持靭帯で、より動きやすいとされます。報告した著者らは、この構造が、この部位の年齢による変化の特徴を決めていると述べています。
なお、スペースは実際に空いている空間ではなく、手術で剥がすと開く面だ、とする修正も出ています。
つまり、顔には、支持靭帯で留められた動きにくい場所と、その間にある動きやすい場所があります。年齢とともに目立ってくる溝やふくらみの一部は、この2つの場所の境目にできる、というのがスペースを報告した研究者らの説明です。
5. 「支持靭帯」といっても、太いひもとは限らない
「靭帯」と聞くと、ひざの靭帯のような、太くて丈夫なひもを思い浮かべます。顔の支持靭帯は、少し違うようです。
豪州のグループがご遺体の頭部50体を調べた2024年の研究は、次のように結論しています。顔の皮膚は、顔全体に広がるたくさんの細い線維で、深部につながっています。古くから「支持靭帯」と呼ばれてきたものは、その細い線維が局所的に補強された場所です。
韓国のグループも、顔の支持靭帯は「クモの巣状の線維ネットワーク」だと報告しています。
この細い線維については、日本の施設から興味深い報告があります。
・鹿児島大学でご遺体55体の額と目尻の皮膚を調べた研究では、シワは、細い線維の密度が低い場所の上にできるようだ、と著者らは述べています。
・MRIで皮下の細い線維を調べた研究では、線維の密度が低い人ほど、たるみのスコアが高いという関係がありました。
つまり、皮膚は、細い線維の網で奥につながっていると考えられるようになっています。線維がまばらなことと、シワやたるみとの関連が報告されています。ただし、年齢とともに線維が減ることを直接示した研究ではありません。
6. 「たるみ」は、垂れているとは限らない
「たるみ」と聞くと、重力で組織が垂れ下がる様子を思い浮かべます。ところが、研究を並べてみると、話はそう単純ではありません。
重力で動くのは確か
フィラーや手術を受けたことのない女性53名を、座った姿勢と仰向けの姿勢で3D撮影した研究があります。仰向けになると、座った姿勢に比べて、頬のボリュームが平均1.2mL増えていました。姿勢で組織の位置は変わります。
でも、何十年たっても下がっていない場所がある
同じ人の、10年以上隔てた写真を重ね合わせた研究があります。対象は約130名とされています。目の下の境界の位置は、年月がたっても驚くほど安定していました。下がったのではなく、コントラストが強くなって目立つようになった、というのが著者の観察です。
脂肪は、場所によって増えたり減ったりする
脂肪が年齢でどう変わるかは、場所によって、そして研究によって違います。
浅層脂肪では、同じ人のCTを約10年隔てて比べた報告(14名)で、頬の浅層脂肪の量はほぼ変わっていませんでした。一方、262名について同じ人のCTを中央値56か月隔てて比べた別の研究では、頬の浅層脂肪の内側の部分で、上と中間は減り、下は増えていました。
深層脂肪では、先ほどと同じ研究グループの別の報告(23名)で、頬の深層脂肪がわずかに増えていました(平均0.23mL)。著者らは、測った範囲に頬脂肪体がせり出してきた可能性を挙げています。ところが、ご遺体のCTを年齢で2群に分けて比べた研究では、高齢の群で深部内側頬脂肪の体積が減っていました。深層脂肪が増えるのか減るのかは、まだ結果が割れています。
支持靭帯が年齢で緩むのかも、決着していない
支持靭帯の支えが弱まると組織が下がる、という説明があります。国内の教科書にも書かれています。
ところが、それを直接確かめた研究は多くありません。
・2012年、カナダの施設が、ご遺体の頭部5体の支持靭帯を引っ張って調べました。寸法にも力学的な性質にも、年齢による違いはありませんでした。ただし5体と少なく、著者らも、さらに研究が要るとしています。
・2024年の論文は、支持靭帯そのものが緩むのか、骨など支持靭帯が付く側が変わるのかは、なお論争中だと書いています。
・2025年のレビューは、顔の老化に関する54件の研究を集めたうえで、支持靭帯が年齢で緩むという強い根拠は今のところなく、支持靭帯は丈夫で伸びにくい構造だと結論しています。ただし、集めた研究は結果が食い違い、根拠の質は低い、とも述べています。
支持靭帯そのものが年齢で「緩む」という説明は、2026年の時点では、確かめられたものではありません。一方、皮下の結合組織が年齢で伸びて緩む、という報告は別にあります(7章)。
つまり、年齢による変化は「垂れる」「減る」「場所によって違う」が重なったものと考えられます。「下がったから引き上げる」「減ったから足す」と、一律には決められません。
7. 場所によって、起きていることが違う
部位ごとに、研究で分かっていることを整理します。
・目の下
日本人110名のCTでは、目の周りの筋肉(眼輪筋)は年齢とともに薄くなり、骨に接する範囲が減っていました。目のくぼみの骨が年齢で広がるかどうかは、報告によって結果が分かれています。
・ほうれい線
アジア人女性60名のCTでは、浅層脂肪である鼻唇脂肪の下の方が厚いほどほうれい線の程度は重く、深層脂肪である深部内側頬脂肪が厚いほど軽い、という関係でした。
・あごの脇のふくらみ(ジョール)
中国の施設で女性60名のCTを調べた別の研究では、ジョールのあたりの脂肪は、浅い層の下の部分と、深い層で、年齢とともに厚くなっていました。豪州のグループは、皮下の結合組織が年齢とともに伸びて緩むことでジョールが生じる、と解釈しています。
・頬の奥(頬脂肪体)
63名について、同じ人のMRIを4年以上隔てて比べた研究では、頬脂肪体の長さが68.73mmから74.39mmへ伸びていました。著者らは、頬脂肪体が下がることでマリオネットラインが深まる、と解釈しています。一方、ご遺体の頭部12体のCTを年齢で2群に分けて比べた研究では、高齢の群で、頬脂肪体の一部の体積が減っていました。前者は長さ(下がる方向の変化)、後者は体積を測ったもので、測っているものが違います。
・こめかみ
上の頬脂肪体と同じ研究では、こめかみの皮下脂肪の厚さは変わらず、皮下脂肪とは別の脂肪(浅側頭脂肪と呼ばれます)が薄くなっていました。別の研究では、こめかみの筋肉(側頭筋)の体積が、平均10.3年で約20%減っていました。
つまり、同じ「老けて見える」でも、部位ごとに、関わっているものの組み合わせが違います。目の下では筋肉(骨については報告が分かれています)、ほうれい線では浅層脂肪と深層脂肪のバランス、こめかみでは脂肪と筋肉、というように。
8. 治療を考えるときに知っておきたいこと
ここまでの話は、治療の考え方にもつながります。
注入:頬に入れても、ほうれい線は「引っ張り上げ」られていなかった
頬にヒアルロン酸を入れるとほうれい線が引き上がる、と注入治療の分野では考えられてきました。ただし、確かめた研究はありませんでした。
77名を3Dカメラで評価した研究があります。注入のあと、皮膚は注入した場所を中心に、表面に対して垂直に膨らむ、という一定のパターンを示しました。表情が変わらない37名で直接比べても、注入した場所とほうれい線の間の皮膚は、横に引っ張られていませんでした。ほうれい線そのものにも、写真で分かる違いはありませんでした。写真で顔の中央寄りに改善が見えた人もいましたが、それは、頬とほうれい線の境目のくぼみに直接入れた人だけでした。
著者らは、頬に3cc入れても、注入した場所とほうれい線の間の皮膚を引っ張る力は生じない、と結論しています。ほうれい線が良くなったように見えるのは、この境目のくぼみがふくらんだことが目の手がかりになるためだろう、とも述べています。
注入:入れる深さとコンパートメントで、動き方が違う
ご遺体の頭部40体を使った研究では、深層脂肪のコンパートメントに入れたものは、量を増やしても、下へ移動しませんでした。
一方、ご遺体の頭部30体を使った研究では、浅層脂肪のうち、鼻唇脂肪、頬の中間のコンパートメント、ジョール脂肪は、入れる量が増えるほど下へ移動しました。同じ浅層脂肪でも、頬の内側と外側のコンパートメントや、こめかみのコンパートメントでは、こうした関係は認められませんでした。
入れすぎにも注意が要ります。国内の教科書は、下垂を治そうとして目の下の深層脂肪(SOOF)にヒアルロン酸を入れすぎると、かえってバランスが崩れ、後に下垂の原因になるので注意が要る、と書いています。
支持靭帯が骨に付く根元に少量ずつ注入して、たるみの改善を図る方法も、国内の専門誌で紹介されています。なぜ引き上がるのかについて、2026年の研究は、支持靭帯の周りの線維が密になり、SMASの張りが増して皮膚が持ち上がる、という仕組みを提案しています。ただし著者ら自身が、生体での検証はこれからだとしています。
糸リフト:動きにくい外側と、動きやすい内側を分けて考える
4章で見たように、顔には動きにくい場所と動きやすい場所があります。国内の専門誌には、顔を、動きの少ない外側と、動きの大きい内側に分けて糸を入れる方法が紹介されています。外側は引っ張り、内側は下がった組織を組み立て直すように持ち上げる、とされています。
5章で紹介した豪州のグループは、糸リフトのように支持靭帯を外さずに引き上げる方法について、こう考察しています。引き上げると、組織を支えている線維の向きが変わります。重力に逆らって支えていた向きではなくなります。そのため、持ち上げた組織の重さが固定した部分だけにかかり、効果が長持ちしにくい、という説明です。
フェイスリフト:支持靭帯を外して、置き直す
フェイスリフトでは、支持靭帯をどう扱うかが、方法の分かれ目の一つです。
国内の専門誌は、SMAS(2章で紹介した膜の層)を引き上げる手術では、支持靭帯の処理が必須だと述べています。頬骨の支持靭帯を切り離して外します。咬筋(噛む筋肉)の前縁の支持靭帯を切り離すと、引き上げの効果があごの脇のジョールまで及ぶ、という説明です。
海外の教科書にも、頬骨・咬筋・下あごの支持靭帯を外し、皮膚とSMASを一体のまま持ち上げて置き直す方法が紹介されています。必要に応じて頬脂肪体を確認し、減らすことも手順に含まれています。
先ほどの豪州のグループは、支持靭帯を外して置き直す方法では、組織が高い位置で付き直すため、効果が長持ちしやすいと考えられる、としています。これはご遺体の解剖にもとづく考察で、治療の成績を比べた研究ではありません。同時に、外す範囲を広げることと、血管や神経を守ることとの釣り合いが必要だ、とも述べています。
実際、日本人のご遺体6体を調べた研究では、咬筋の前縁の線維の中を、顔面神経(顔の筋肉を動かす神経)の枝が走っていました。国内の専門誌にも、アジア人ではこの部位の支持靭帯が強靭なことが多く、顔面神経を確かめながら剥がしていく、という記載があります。
支持靭帯を外す方法のほかに、頬の組織を骨膜の下で広く剥がし、上へ引き上げる方法も、国内の専門誌で報告されています。
つまり、注入でも、糸でも、手術でも、「どの深さの、どの場所に、何をするか」で結果が変わりえます。「何を使うか」の前に、変化が起きている深さと場所を見立てることが出発点になります。
9. 日本人の顔では、どうなのか
ここまで紹介した研究には、欧米のものが多く含まれます。日本人にも当てはまるのでしょうか。
支持靭帯の場所は、おおむね共通して報告されています。頬骨、目の周り、下あごの主な支持靭帯は、欧米などの解剖研究でも、韓国や中国の解剖研究でも、おおむね同じ部位に報告されています。ただし、支持靭帯を人種の間で計測して比べた研究は、調べた範囲では見当たりません。アジア人は皮膚や皮下の組織の付着がしっかりしている、という趣旨を述べる術者は国内外に複数いますが、計測値は添えられておらず、経験にもとづく見解と考えられます。
違いとしてよく挙げられるのは、顔の形です。アジア人128例のフェイスリフトを報告した著者らは、アジア人の顔について、頬骨の間の幅が広く、顔の側面から前面への移行が急で、顔の中央は平坦または後退している、と述べています。国内の専門誌にも、日本人の平均顔は同世代の白人より顔の前面が横に広い、という記載があります。
たるみの出方にも違いが報告されています。米国の白人女性85名と、東京の日本人女性70名を比べた研究では、頬骨の下のたるみのスコアは、40歳以上の群で、白人女性のほうが有意に高いという結果でした。
つまり、支持靭帯の位置という「地図の骨組み」はおおむね共通に報告されていますが、顔の形には違いが報告されています。欧米の研究や治療法を、そのまま当てはめられるとは限りません。
10. まとめ:持ち帰っていただきたいこと
・溝やたるみには、皮膚の下の構造が関わっています。顔の脂肪は浅層脂肪と深層脂肪に分かれ、それぞれが脂肪コンパートメントに仕切られています。皮膚は支持靭帯で奥につなぎ留められています。溝は、支持靭帯のある場所や、コンパートメントが切り替わる場所にできるとされています。
・顔には、動きにくい場所と動きやすい場所があります。支持靭帯で留められた場所と、その間の動ける場所です。
・年齢による変化は、「垂れる」の一言では説明できません。何十年たっても下がっていない場所があり、脂肪は場所によって増えたり減ったりします。支持靭帯そのものが年齢で緩むという説明は、2026年の時点で確かめられたものではありません。
・治療は、深さと場所で考えます。ご遺体の研究では、深層脂肪のコンパートメントと、浅層脂肪のコンパートメントの一部とで、入れたものの動き方が違いました。頬に入れてもほうれい線が引っ張り上げられるわけではない、という研究もあります。フェイスリフトでは、支持靭帯をどう扱うかが、方法の分かれ目の一つです。
診察を受けるときには、次のように尋ねてみてください。
・私の気になるところは、浅層脂肪と深層脂肪の、どちらの変化が主ですか。
・この治療は、どの深さの、どの場所に働きかけるものですか。
前シリーズでお伝えした「原因の構造に合わない対策は効かない」という考え方を、もう一段細かく、脂肪コンパートメントと支持靭帯の単位まで見てきました。ご自身の顔の「地図」を知ることが、治療を選ぶ前の最初の一歩です。
本記事で触れた注入治療、糸リフト、フェイスリフトは、いずれも保険適用外の自由診療です。費用、治療内容、リスク・副作用の詳細は施術ページをご覧ください。
(本コラムの内容は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針は主治医にご相談ください。)
資料:数字で見る支持靭帯
本文では省いた、支持靭帯の場所と大きさの計測値です。この資料にあるアジアの研究は、韓国と中国の施設のものです。日本人のご遺体で寸法を測った研究は、調べた範囲では見当たりません。
・頬骨の支持靭帯
場所と大きさ:骨に付く部分は幅8.1mm、厚さ0.8mm。骨から真皮までの高さ6.5mm
調べた対象:韓国人のご遺体7体
・頬骨の支持靭帯
場所と大きさ:フランクフルト水平線の約9〜22mm下を、骨の下縁のカーブに沿って走る
調べた対象:中国の施設、36半側顔
・頬骨の支持靭帯
場所と大きさ:耳珠(耳の穴の前の突起)から平均約45mm
調べた対象:米国とトルコの施設、22半側顔
・目の周りの支持靭帯
場所と大きさ:眼窩(目のくぼみ)の骨に付く支持靭帯。内側は幅0.8mm・縦22.1mm、外側は最大幅6.9mm・縦28.2mm
調べた対象:韓国人のご遺体35体
・眼輪筋支持靭帯
場所と大きさ:長さは中央部で最大10〜14mm、厚さ1.5〜5mm。中央が最も弱く、外側の下が最も強い
調べた対象:Mendelsonらのグループ、ご遺体の頭部6体
・tear trough ligament
場所と大きさ:長さは内側で平均7mm、瞳孔の内側の線で平均16mm。厚さ0.5mm未満
調べた対象:同グループ、36半側顔
・下あごの支持靭帯
場所と大きさ:顔の正中から外側へ51.1mm、下あごの骨の下縁から9.1mm上
調べた対象:韓国の大学、ご遺体10体
・下あごの支持靭帯
場所と大きさ:下あごの骨の下縁から約1cm上
調べた対象:米国の施設、22半側顔
・耳の前
場所と大きさ:耳珠を越えて約25〜30mmの範囲で、SMASが耳下腺の被膜などに密に固着
調べた対象:Mendelsonら、ご遺体16体
・こめかみ
場所と大きさ:高さ約20mm・底辺約15mmの癒着。底辺は眼窩の上の縁の10mm上
調べた対象:Mendelsonらのグループ、22半側顔
・測る基準点や、どこまでを支持靭帯と数えるかは、研究ごとに違います。数値をそのまま比べることはできません。数値の差を人種の差と考えることもできません。
・半側顔は、顔の左右を別々に数えた数です。
・フランクフルト水平線は、目の下で触れる骨のふちの最も低い点と、耳の穴の上の縁を通る、頭の向きの基準線です。
・下あごの支持靭帯については、本体は首からあごに広がる薄い筋肉(広頸筋)の下にだけあり、皮下にははっきりした成分がない、とする研究もあります(豪州のグループ、ご遺体の頭部49体)。
・強さについては、韓国人のご遺体で頬骨の支持靭帯がちぎれるまでの力は平均26.8Nでした。カナダの施設の研究では、調べた4つの支持靭帯の中で、頬骨の支持靭帯が最も強いという結果でした。