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2026.07.29

  • 傷跡
櫻井 洸貴

傷跡を美しく育むための再建プロセス:創傷治癒の「増殖期」における深部メカニズム

受傷直後の「出血・凝固期」による緊急止水、そして免疫細胞が主役となった「炎症期」による徹底的な清掃を経て、傷口は次なるフェーズへと移行します。清掃の終了を告げる「現場監督(マクロファージ)」が放出する成長因子というシグナルを受け、組織の本格的な再建が始まるこの時期が、受傷後3日目ごろから約3週間ほど続く「増殖期(修復期)」です。

この期間は、失われた皮膚の連続性を取り戻し、物理的な強度を回復させるための極めて重要な期間です。今回のコラムでは、創傷治癒の中でも修復という工程をメインで行っている「増殖期」について詳しく見ていこうと思います。

欠損を埋める緻密な足場:肉芽組織の形成と細胞外マトリックスの合成

増殖期の主役を担うのは、真皮に存在する線維芽細胞(せんいがさいぼう)です。線維芽細胞は、炎症期から活動しているマクロファージから放出された成長因子の刺激を受けて傷口へと遊走し、盛んに増殖を始めます。

増殖した線維芽細胞は、コラーゲン(膠原線維)やヒアルロン酸、フィブロネクチンといった、「細胞外マトリックス(ECM)」を産生し傷の欠損部を埋めていきます。この細胞外マトリックスとは細胞そのものではなく、その周囲を囲む物質の集まりであり、真皮などの組織において構造の土台を形成しているものです。このようにして様々な物質を含んだ細胞外マトリックスによって、創部に新しく作られた柔らかく血流に富んだ組織のことを、「肉芽(にくげ)組織」と呼びます。

肉芽組織で形成されるコラーゲンの種類について

線維芽細胞によって肉芽組織内に形成されるコラーゲンには、主にIII型コラーゲンとI型コラーゲンの2種類が深く関与しています。

初期の柔軟な土台となる「III型コラーゲン」:皮膚が損傷して肉芽組織が作られる初期段階では、傷を治すための修復メカニズムが働き、一時的にIII型コラーゲンの合成が急増します。通常の健康な真皮では、強靭な「I型コラーゲン」がコラーゲン全体の約80%を占めていますが、創傷治癒時のこのIII型コラーゲンを主体とした細胞外環境は、細胞が活動しやすく傷を塞ぎやすい「柔軟な土台」として機能します。

強固な組織への置き換え「I型コラーゲン」:傷が塞がりその後の「成熟期」に入ると、コラーゲンの再構築が行われます。一時的に作られたIII型コラーゲンは酵素によって分解され、元の正常な皮膚と同じように、より強度の高いI型コラーゲンへと置き換えられながら規則正しく並び直されます。これにより、皮膚は本来の強度と機能を取り戻していくのです。

また、線維芽細胞はコラーゲンのみではなくヒアルロン酸も産生します。ヒアルロン酸は極めて親水性が高く、自らの分子量の最大1,000倍に及ぶ水分を抱え込む能力を持っています。この性質により、傷口に水分を豊富に含んだ水性のゲル状の環境を形成し、組織の適切な水分保持や浸透圧バランスを維持します。さらに、ヒアルロン酸は線維芽細胞やケラチノサイトの接着や移動、分化を強力に促進します。

そして、線維芽細胞の一部は筋線維芽細胞へと分化し、筋肉のような収縮能力を獲得します。彼らが傷の縁を引き寄せる「創収縮」を行うことで、欠損した面積は物理的に縮小され、効率的な閉鎖が図られるのです。

他にも、細胞の接着や移動を促す一時的な足場として機能し、修復を担う細胞を傷口へと誘導して組織の再建や上皮化をサポートする「フィブロネクチン」や、コラーゲン繊維の直径や配列を調整したり水分を保持したり成長因子の貯蔵と活性制御などの多機能な「プロテオグリカン」など、数多くの細胞外マトリックスを線維芽細胞は産生しています。

この工程を例えるなら…

取り壊された建物の跡地に、まずは鉄筋(コラーゲン)を組み上げ、コンクリート(ヒアルロン酸などの基質)を流し込む「基礎工事」と「壁の再建」の工程に似ています。腕利きの作業員(線維芽細胞)たちが、強靭なワイヤー(筋線維芽細胞)を使って建物全体を内側から引き締め、構造を安定させている状態といえるでしょう。

※ちなみに、この肉芽組織(にくげそしき)の漢字の読み方ですが、「芽」の漢字を「げ」と読ませるのはおそらくこの肉芽の時のみです。他科の先生方で肉芽「にくが」と読むこともあるそうですが、形成外科・皮膚科領域では基本的に「にくげ」と呼びます。

2. 再建を支える生命線:血管新生による栄養供給

組織の再建には、膨大なエネルギーと酸素、そして建築資材となる栄養素が必要です。断裂してしまった既存の血管に代わり、周囲の健康な毛細血管から新しい枝を伸ばすプロセスが、「血管新生」です。

このプロセスは、血管内皮増殖因子(VEGF)などの強力なシグナルによって制御されており、内皮細胞が管状の構造を形成することで血管新生を進行します。この無数の新しい毛細血管が肉芽組織内に高密度で張り巡らされることで、活発に働く細胞たちへ絶え間なく物資が供給されるようになります。健常組織と比較しておよそ2〜10倍にも及ぶ、非常に高密度な未熟血管網が形成されます。さらにこれらの新しい血管は老廃物の排泄、二酸化炭素の回収、不要となった成長因子やシグナル伝達物質の輸送も担います。

抜糸後も傷跡が鮮やかな「赤み」を帯びているのは、この豊富な血流が透けて見えているためであり、炎症ではなく「再建が順調に進んでいる証」なのです。

この工程を例えるなら…

再建工事を急ピッチで進めるために、現場に不可欠な「水道や電気などのインフラ(ライフライン)」を新たに引き込む作業に例えられます。本線から細かく枝分かれした配管(毛細血管)が現場の隅々まで行き渡ることで、滞りなく工事が進行できるようになるのです。

3. 表面を保護する最後のヴェール:上皮化(じょうひか)

深部での再建と並行して、傷の表面を覆うバリアを復活させる作業が進行します。これを上皮化と呼び、主に表皮の主要細胞である「ケラチノサイト」が担います。表皮は水分保持や外部からの感染に対するバリア機能を担うため、上皮化の完了は傷口を外部環境から遮断して保護する役割を持ち、医学的な意味での創閉鎖(治癒)の重要な区切りとなります。

受傷シグナルを感知すると、表皮の最下層の基底層に存在するケラチノサイトは移動能力を高めるために劇的な形質変化を起こします。通常、ケラチノサイト同士は強く結合していますが、受傷が起きると細胞間の接着を緩め、さらに基底膜からの結合を解いて運動性を高めます。こうして自由になった細胞たちは、創縁から傷の中心部へ向かって滑るように移動(遊走)を始め、「上皮舌(migrating epithelial tongue)」と呼ばれる細胞の伸長構造を形成して創面を這うように覆っていきます。

他にも毛包や腺組織に眠っている「表皮幹細胞」が活性化・動員され、ケラチノサイトへと分化・増殖しながら次々と新しい皮膚細胞を供給し、上皮化の再構築を根底から支えます。

ケラチノサイトの活発な増殖とスムーズな遊走を引き出すためには、創傷管理において創部を「乾燥させない」ことが極めて重要です。創面を適切に湿った環境(生体内と同等の衛生的な湿潤環境)に保ち続けることで、滲出液に含まれる細胞増殖因子(bFGF等)や成長因子が最大限に働き、自然な上皮化が強力に促進されます。

この上皮化のプロセスには、傷の治り方のルートの違いによって「一次治癒」と「二次治癒」の2つのパターンがあります。美容外科などの手術で行われる縫合傷は、意図的に「一次治癒」の状態を作り出すことを目的としています。

一次治癒では、外科的な縫合によって真皮層同士が隙間なく密着・接着されています。そのため、本来であれば傷を埋めるために必要な「肉芽形成」が真皮層においてほとんど不要となります。この理想的な環境下では、ケラチノサイトの移動が極めてスムーズに行われ、一般的に縫合後48〜72時間以内という短期間で表皮が閉じるとされています。

一方、皮膚が欠損したまま自然に肉芽が盛り上がるのを待つ「二次治癒」では、上皮化が完了するまでに傷の大きさに比例して多くの時間を要します。

この工程を例えるなら…

建物の壁や内装が出来上がった後、最後に「屋根」を張る仕上げの作業です。ケラチノサイトという瓦が、端から順番に隙間なく敷き詰められていくことで、ようやく雨風(細菌や乾燥)から建物の内部が守られるようになるのです。特に手術による縫合は、あらかじめ建物の骨組みをぴたりと合わせて固定しているため、屋根(表皮)を張る作業を最小限の労力で、驚くほど短期間に終えられる状態といえます。

4. 傷跡の赤みや硬さ(肥厚性瘢痕)を防ぐために:増殖期の重要な注意点

この「増殖期」における組織の再建が過剰になりすぎると、傷跡の美しさを損なう原因となります。傷が塞がるまでに時間がかかればかかるほど、体は欠損部を埋めるために肉芽組織やコラーゲンなどの線維組織を過剰に作り続けなければならなくなります。そして、本来であれば成熟期に向けてコラーゲンの適切な再構築(分解と再配置)が行われるべきところ、過剰な合成が分解を上回るため、細胞外マトリックスが過剰に蓄積し、赤く硬く盛り上がった病的瘢痕へと移行します。炎症が長引いてマクロファージが過剰に活性化したり、傷口に強い緊張(機械的刺激)がかかり続けたりすると、線維芽細胞が過剰に反応しコラーゲンが異常に蓄積されてしまいます。

また、増殖期が長期化して慢性的な低酸素状態や炎症が続くと、上皮化が完了すればアポトーシスで消退していくはずの血管網が創部に維持され続けてしまいます。これが、傷跡が鮮やかな「赤み」を帯びたまま、数ヶ月から年単位にわたって消退しない原因となります。

そして、肉芽組織内で線維芽細胞から分化した筋線維芽細胞は、強力な収縮能(創収縮)によって傷口を縮める役割を持つことは先ほど説明したとおりですが、増殖期が長引くことによりアポトーシス(自然死)が抑制されて創部に留まり続け、持続的に創部を引き寄せ続けることで皮膚や皮下組織の深刻な線維化が進み、瘢痕拘縮(引きつれ)を引き起こすことがあります。

このように、臨床的および組織学的な知見において創傷の治癒が3週間以上遅れると、肥厚性瘢痕やケロイドなどの隆起性瘢痕、あるいは瘢痕拘縮を生じるリスクが著しく高まることが裏付けられています。

以上より、増殖期(およびそこに至る炎症期)の長期化は、皮膚深部における「コラーゲンの過剰蓄積」「血管退縮の遅延」「筋線維芽細胞の過剰な働き」を引き起こし、傷跡を「硬く」「赤く」「引きつれた」目立つ状態にしてしまう直接的な原因となります。

だからこそ、美容外科においては初期段階で傷口を正確に、隙間なく縫合して「一次治癒」へと導き、増殖期の肉芽形成を最小限に抑えることが、美しい傷跡を実現するための極めて重要なアプローチとなるのです。

5. 次回予告

さて、上皮化が完了して無事に傷が塞がった後も、皮膚の深部では「成熟期」と呼ばれる最後の修復プロセスが密かに続いています。この成熟期は、半年から1年ほどの長い時間をかけてコラーゲンが再構築され、傷跡が強く安定していく重要な期間です。表面上は治ったように見えても、この時期に肥厚性瘢痕やケロイドへと進行してしまう可能性は残されていますが、適切なアフターケアを継続することでそれらのリスクを最小限に抑えることに繋がります。次回は、創傷治癒の最終フェーズである「成熟期」のメカニズムと、傷跡をより美しく目立たなく育てるための実践的なアフターケアについて詳しく解説いたします。

written by

医師

櫻井 洸貴

KOKI SAKURAI

形成外科で培った精密な技術を活かし、傷跡までを見据えた美しいボディライン形成を追求しています。
細部にこだわるデザインと確かな手技で、理想の仕上がりをともに実現していきます。

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