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2026.07.06

  • 傷跡
櫻井 洸貴

傷跡の仕上がりを左右する最初の1週間:創傷治癒「出血・凝固期」と「炎症期」のメカニズム

はじめに:傷ついたその瞬間から始まる、緻密な修復プロセス

「この傷跡は、本当に目立たなくなるのだろうか?」 怪我をした直後や手術のあと、傷口を見るたびにそう不安に思われる方は少なくありません。しかし、皮膚に傷が生じたその瞬間から、私たちの体内ではすでに傷を治すための非常に緻密で計算された「修復プロセス」が開始されています。

傷跡をいかに目立たず美しく治すかは、単に時間が解決してくれるものではありません。受傷直後から瘢痕が成熟するまでの一連の修復プロセスをつつがなく遂行することが大切です。

前回のコラムでは、我々人間の皮膚は傷がついてから瘢痕になるまでどのような過程を経るのか、創傷治癒の一連の流れを大まかに説明しました。そして今回のコラムからは数回に分けて、それぞれの創傷治癒のプロセスをさらに深堀りして解説していきたいと思います。

まず今回は、受傷直後から約1週間の間に起こる「出血・凝固期(血管反応期)」と「炎症期」という2つの初期フェーズについてです。この二つのフェーズはとても短期間で起こるものの、瘢痕の仕上がりの質を担う重要な鍵を握っています。体内でどのようなダイナミックな変化が起きているのか、そしてそれが傷跡の美しさにどう影響するのかを、形成外科の視点から詳しく解説いたします。今ご自身の体で何が起きているのかを知ることで、傷の経過に対する不安を和らげ、前向きなケアに繋げていただければ幸いです。

受傷直後の迅速な防御:「出血・凝固期」(受傷後数秒〜数時間)

皮膚が深く傷つき血管が破綻すると、受傷後わずか数秒以内に最初の修復ステップである「出血・凝固期」が始まります。このフェーズはその後数時間にわたって続き、血液の流出を食い止めるための「緊急工事」の役割を果たします。ここから創傷治癒の一連の流れがスタートします。

まず、体は傷ついた血管を収縮させて一時的に血流を減らします。それと同時に、血液中の「血小板」が真っ先に傷口に集まり互いにくっつくことで、血管壁の穴に物理的なフタを形成しはじめます。さらに、血管が破綻し血管外に漏出した血液からは「フィブリン」と呼ばれるタンパク質が網目状の構造を作り出し、血小板を強固に絡め取ることでしっかりとした血栓(かさぶたの元となる組織)を形成します。これで一次的な防御が完了します。

さらに、この血栓は単なる止血のためのフタとしての役割だけでは終わりません。後からやってくる修復細胞たちが傷口へ移動するための「足場」としても機能します。そして、集まった血小板から「血小板由来成長因子(PDGF)」といったサイトカイン(情報伝達物質)が豊富に放出されます。これが「本格的な修復チームを呼ぶためのSOSシグナル」となり、血液中から次のプロセスを担う免疫細胞たちが呼び寄せられるのです。

ただし、逆にこの段階で過剰な血栓やフィブリンが形成されてしまうと、傷口への酸素供給が妨げられ治癒プロセスが滞り、結果として目立つ傷跡を残す原因となることが知られています。また、なにかしらの原因で出血が継続して終息しない場合、血小板からサイトカインが放出されず次の段階へ進まなくなります。したがって、初期の確実かつ適切な止血と保護が美しい治癒への第一歩となります。

組織の浄化と修復の準備:「炎症期」(受傷後1日目〜約1週間)

強固な血栓で出血点が保護された後、受傷後1日目ごろから「炎症期」が本格化して数日から最長で1週間ほど続きます。この時期は傷口が軽く赤く腫れたり熱や痛みを伴ったりしますが、これは修復のために「正常な炎症反応」が起きている証拠ですので過度な心配はいりません(※ただし、注意すべきサインについては後述します)。

この時期の主な目的は、傷口に侵入した細菌や壊死した組織の残骸を白血球が排除し、傷口を徹底的に清浄な状態に保つことです。白血球の中でも「好中球」と「マクロファージ」という2種類の細胞が炎症期の中では重要な役割を持ちます。

好中球(初期の清掃担当):この細胞は、 出血・凝固期で血小板から放出されたシグナル(血小板由来成長因子:PDGF)を感知して最初に現場に到達する免疫細胞です。傷の中に侵入した細菌を強力な酵素(プロテアーゼ)を放出して退治し、同時にダメージを受けた組織を分解して修復細胞が活動しやすいように現場を片付けます。例えるなら、「好中球」はショベルカーやブルドーザーなどの大型重機のように危険な障害物(細菌)を排除し、同時に大きながれき(壊死物質;細菌の死骸や不要物質)を細かく砕いて、後続の細胞が活動しやすいように現場のルートを切り拓きます。

マクロファージ(修復の司令塔): 好中球が役割を終える頃に活躍を始めます。マクロファージは細菌や細胞の残骸を取り込んで貪食(消化)し、現場をさらに綺麗に浄化します。そして傷口が十分に綺麗になったと判断すると、マクロファージは自身の性質を「抗炎症状態」へと変化させます。ここからマクロファージは修復プロセスの司令塔として働き、次の「増殖期」に向けて新しい血管の形成やコラーゲンの産生を促すための「強力な成長因子」を分泌し始めます。例えるなら、マクロファージは好中球が破砕した細菌や壊死組織をダンプカーのごとく現場から取り除き、キレイサッパリした現場に次の建物を建てるための現場監督となり、「増殖期」のための指示(成長因子の分泌)を始めます。

このように、炎症期は単に痛みを伴う期間ではなく、新しい皮膚を再建するための「確固たる地盤作りと現場の浄化」を行う極めて重要な準備期間なのです。

出血と炎症の長期化がもたらすリスクと、アフターケアの注意点

傷跡をきれいに治すためには、この「出血凝固期」と「炎症期」がいかにスムーズにかつ短期間で完了するかが非常に重要です。ここで現場の混乱が続くと、マクロファージなどの免疫細胞が過剰に活動し続けてしまいます。

その結果、現場監督であるマクロファージから成長因子が出されすぎ、不要な血管が作られたりコラーゲンが異常に産生されたりして無駄に「増殖期」が長引いてしまいます。これが最終的に、赤く硬く盛り上がった「肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)」といった目立つ傷跡を引き起こす原因の一端となります。肥厚性瘢痕などの目立つ傷跡を防ぐためには以下の点に注意が必要です。

【感染のサインを見逃さない】
正常な炎症反応は数日程度で落ち着きますが、「数日経ってもズキズキとした強い痛みが改善せず、悪化する」「傷周囲の赤みや腫れがどんどん広がる」「ドロドロとした膿が出る」といった場合は、細菌感染を起こしている可能性があります。これらは炎症期を延長させ傷跡を悪化させる最大の要因となるため、速やかに適切に感染の治療を開始する必要があります。

【傷に適切な環境を与える】
傷を清潔に保つことは重要ですが、「強い消毒液(イソジンやエタノールなど)を何度も塗る」「傷口を乾燥させてかさぶたを作る」といった一昔前のケアは、頑張って働いている修復細胞にまでダメージを与え治癒を遅らせてしまいます。 現代の創傷治癒においては、細胞の活動を妨げないように傷を適切な潤い環境に保つ「湿潤療法」が基本となります。かといって、傷が白くふやけるまで「浸軟」させるのも傷にとっては良くありません。乾燥させすぎず、ふやけさせずの細胞にとって快適な環境が大切になります。

【不要な刺激を避ける】 
創部は細菌以外にも、摩擦や皮膚の引っ張りによる物理的な刺激で皮下の炎症が引き起こされます。そのため、肘や膝などの関節部や口回りなどのよく動く部位では、傷の炎症が遷延し赤みや疼痛や腫脹が長引きやすい傾向にあります。創部への不必要な刺激を避けることで創傷治癒の遅延を軽減できます。

まとめ:あなたの傷は「治るための準備」をしています

ここまで解説したように、受傷直後から始まる「出血・凝固期」とそれに続く「炎症期」は、組織再建のための大切な準備期間です。過剰な炎症を長引かせず、細胞たちがスムーズに初期の任務を終えられる環境を整える「適切なケア」こそが、美しい治癒への第一歩となります。

さて、現場の浄化が完了し、司令塔であるマクロファージから本格的な修復のGOサインが出されると、プロセスはいよいよ組織の再建へと移行します。次回は、傷口を埋めるための新しい血管や組織が作られ、失われた皮膚がダイナミックに形成されていく【増殖期】のメカニズムについて詳しく解説いたします。

ご自身の傷が今どのステップにいるのかを知り正しいケアを続けることで、傷跡が目立ちにくく良い経過につながります。もし、術後の傷の赤みや治り方に不安を感じる場合は、お一人で悩まず、いつでもお気軽にクリニックへご相談ください。私たち形成外科医が、美しく安定した治癒を目指してしっかりとサポートいたします。

written by

医師

櫻井 洸貴

KOKI SAKURAI

形成外科で培った精密な技術を活かし、傷跡までを見据えた美しいボディライン形成を追求しています。
細部にこだわるデザインと確かな手技で、理想の仕上がりをともに実現していきます。

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